では,次に回転モーターについて説明しましょう.
回転モーターとは,読んで字のごとし,回転する運動機関です.
回転機構を実現するためには,
回転軸
軸受け
が必要となります.
車でも,電気モーターでもそうですね.
ですので,タンパク質を使っての回転機構はなかなか考えにくい物です.
人工機械においては,回転機構を実現するためには,軸の保持,潤滑,シーリング,などなどが必要となりますから.
しかし,生命現象には,リニアモーターほどは多くありませんが,きちんと回転モーターが存在します.
まず,分類してみましょう.
運動様式 | モーター | エネルギー源 | 生体機能 |
回転モーター | べん毛モーター(順,逆回転) | イオンの濃度勾配,膜電位 | べん毛の回転運動による推進力発生 |
F1-ATP合成酵素(順回転) | プロトンの濃度勾配,膜電位 | ATP合成 | |
F1-ATP合成酵素(逆回転) | ATP | プロトンの能動輸送 |
まず,べん毛モーターから.
リニアモーターにも同じ”べんもう”がありますが,あちらは”鞭毛”,こちらは”べん毛”です.
同じ発音でややこしいのですが,回転機関があることがわかったのが,今から30年ほど前.
それまでは,これら二つの運動は同じ物だと思われていたのです.
しかし,バクテリアに回転機構があるとわかり,さらにエネルギー源も全然違うとわかり,分類されたのですが,呼び名は変わらなかったようです.
さて,この”べん毛モーター”ですが,バクテリアなどの菌体の細胞膜に埋め込まれています.
このモーターは,固定子,回転子,に分類することができます.
回転子は,細胞外部のフィラメントと接合しています.
このフィラメントの長さは10ミクロン程度,菌体本体が2ミクロン程度ですので,いかに長いかわかります.
このこの回転子の周りに10個程度の固定子が存在し,モーターを形成しています.
この固定子は,膜に固定されている物と思われます.
この固定子に細胞外からイオンが流れ込むことにより,回転力を発生し,回転子を回転させている物と思われます.
このとき,摩擦はどうなっているの?イオンのリークはないの?などの疑問は現在でも全くわかっていません.
さて,このイオンの流れ,ほっておいても流れるわけではありません.
そこには,
細胞内外のイオン濃度差
膜電位差
があり,イオンが細胞内部に流れていくのです.
ですから,バクテリアはこの濃度差や膜電位差を作り出すために,必死に栄養をとっているんですね.
このイオン,何でもいいわけではありません.
これも二つに分類できて,水素イオンとナトリウムイオンを利用する菌体に分けることができます.
代表例としては,
水素イオン:大腸菌
ナトリウムイオン:ビブリオ菌
です.
このイオンによる駆動の力,イオン駆動力は以下の式で表すことができます.
これは,化学ポテンシャルと同等の式ですね.
この式の第一項は膜電位,第二項はイオン濃度差を表します.
つまり,
膜電位:+の電荷を持つ水素,ナトリウムイオンが電位によって,細胞の外から内に流れ込む力
イオン濃度差:細胞内外のイオンの濃度差により(内側の方が濃度は低い),均一になろうとして内側に流れ込む力
です.
言い換えると,
膜電位:エンタルピー
イオン濃度差:エントロピー
の効果なのです.
つまり,バクテリアべん毛モーターは内外の環境の違いを使って,エンタルピー,エントロピーを区別することなく利用できるマシンなのです.
このような機能を持った人工機械はありませんね.
このべん毛モーター,とても小さくて,直径は約40nm程度です.
理論的考察によると,1回転あたり,1000個のイオンが流れると思われます.
となると,1固定子あたり,1回転あたり100個ですね.
回転速度は,大腸菌の場合,約200Hz,しかし,ビブリオ菌の場合,800Hzにまで達します.
これは,1秒間あたりですので,1分間の場合,
800Hz × 60s =48000回転
となります.
一般的な自動車の最大回転数が,8000回転ぐらいなので,いかに高速回転するかがわかるでしょう.
もう一つ,ATP合成酵素については,私よりもっと詳しい人がいっぱいいるので,割愛します.いずれ..
ATP合成酵素(1BMF.pdb)